2012年11月17日

「ゆるゆる*まいにち」(家事と暮らし)〜困った時に唱える呪文〜

〜困った時に唱える呪文〜
まいにちの、いろいろ。
あいかわらず、やることがどんどんたまっていきます(汗)。
自分なりのやり方が、みつかったかなー、と思うと、
いつのまにか、滞ってしまう。そんなことの、繰り返しです。
それでも、めげずに模索中(苦笑)
そんな中、またしても試行錯誤中ではありますが、
最近は、こんなことをしています。

やることがたまってしまって、どこから手をつけたらいいか、わからない。
やらないといけないのだけれど、今ひとつ、エンジンがかからない。
そんな時は、以下の言葉を、呪文のように唱えます。

あるべきものは、あるべき場所へ。
やるべきことは、やるべき時に。


どうしようもなくやる気が起きない時には、効き目がありませんが、
あと一歩が踏み出せない時には、背中をポンッと押してくれる言葉です。
どちらも、当たり前のことなのだけれど、
ひとつひとつの小さなことにも当てはめていくと、
思いの外、効果があったりなかったり?(笑)

小さな例ですが、
昨日の新聞が、テーブルに出しっぱなしになっているとします。
古新聞は、テーブルの上に「あるべきもの」ではないので、
「あるべき場所」へ片づけなければいけません。
古新聞があるべき場所は、古新聞置き場。(うちの場合は納戸)
そこで、納戸へ持って行かなくてはいけないのですが、
今は、たまたまテーブルの横を通りかかったのであって、
手には、ベランダに干そうと持ってきた洗濯物が……
となると、
今、「やるべきこと」は、古新聞の片づけではなく、洗濯物を干すこと。
古新聞の片づけは、今は「やるべき時」ではないのです。
……と、こんなふうに、見極めていきます。

ポイントは、「すること」(片づけること)に注目するのではなくて、
「もの」(古新聞)に、注目すること。
「すること」(わたしが片づける)に注目してしまうと、
ともすると、感情(わたしが、やりたいか、やりたくないか)に支配されがちです。
ところが、「もの」(古新聞)に注目すれば、物が相手になるので、
「これをどうする?」(片づける?とりあえず置いておく?)と判断するだけになり、
感情が入り込むすき間がなくなるのです。

また、家事や用事が重荷に感じるのは、やりたくない気持ちそのものよりも、
やらなければいけないのにやらない(できない)、という
「後ろめたさ」にあるように思います。

あるべきものは、あるべき場所へ。
やるべきことは、やるべき時に。

この呪文(あえて、呪文、と呼びます)は、後ろめたさを感じることなく、
今やることを、取捨選択して、実行できる、なかなか便利な言葉です。
まあ、本当に、なーーーんにもやりたくない時もあるわけで、
そんな時は、スパッと、あきらめます!

もっとも、やることがものすごーくたまってしまって、
どうしようもなくなったら、
メラゾーマとか、パルプンテとか、唱えてみてもいいかもしれません、
……って、そりゃ、やっぱりダメだよね(笑)
(わけわからなかったら、ごめんなさい、です/汗)
posted by かうべる at 00:00| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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