2011年03月11日

揺れた日 その1(東北地方太平洋沖地震)

明日はコーラスの発表会。
しかしながら、本番前日というのに、
先日来のやる気のなさが、まだ続いている。
いつもなら、午前中か午後の早い時間に練習をすませ、
その後は、持ち物の準備などをするのだが、
結局、午前中は、練習しそびれてしまった。
だらだら生活の影響で、昼ごはんも遅かった。
食べ終わったのが、2時20分ごろ。
ピアノ部屋の暖房を入れ、部屋が暖まったら弾かなくては、と思いつつ、
昼食のお皿も洗わず、食卓についたまま、重い腰が上がらない。

地震発生(14:46〜)
ぼけーっとしていたら、突然、家がゆさゆさと揺れた。
横揺れだし、揺れがゆっくりなので、震源地は少し遠いかな、と思いながらも、
揺れがなかなか止まらない。
そのうち、揺れ幅がだんだん大きくなってきた。
食卓の横には、大きな棚。本がぎっしり詰まっている。
とっさに居間へ避難。
TVをつけると、緊急地震速報が流れている。
揺れながらも、震源地はどこ?などとTV画面を見つめる。
いつ止まるか、いつ止まるか、と思っているうちに、
地響きのようながたがたという音と共に、今まで以上の揺れが来た。
ますます揺れは強くなる。

カウンターの下にある、
夫が手作りした、キャスター付きのふたつのCDラックが、ぐらぐらゆれる。
突然、太郎が「はーい!」と叫ぶ。
(太郎のはーい!は突然大きな物音がしたときに発する。めったにないことだ。)
次郎も何かしゃべっている。
太郎が、もう一度「はーい!」。
台所で、何か音がした。
太郎が、「こてん」。
こんな時に、コテンしている場合じゃないよ、太郎!!
かろうじて、立っていられるものの、経験したことがない揺れ。
だんだん船酔いのような状態になり、気持ちが悪くなってくる。
そこで、ようやく「避難経路の確保」をしなくては、と
ベランダ側のガラス戸を開ける。
うちはマンションの1階。いざとなったら、フェンスを越えて逃げるべき?
玄関へ行くより、こちらが近い。
ついに、ひとつのラックが倒れた。
もう一つのラックも、弧を描きながら、前に出てきている。
そこまで経過して、やっと座布団を頭の上にのせた。



どのくらい時間が経ったのかわからない。
ようやく静かになったので、急いで母に電話をする。
母宅は、7階。うちより揺れがひどかったはずだ。
呼び出し音3回ほどで、母が出た。
「すごかったねえ」
「こわかったねえ」
「大丈夫?」
「食器棚は大丈夫だけど、タンス(居間にある低いタンス)が倒れちゃったのよ」
「ええーっ!そんな低いのが?」
と話しているうちに、余震が来た。
「あっ、また揺れてる」
「こわいから、切るね」と母。
母の電話の横には、大きな食器棚があるのだ。
またしばらく、ゆさゆさと揺れる。
いったん閉めた窓を、また開ける。
頭には、座布団。
TVは、震源地三陸沖、と報じている。
余震がおさまり、少しホッとする。
で、CDラック。
あーあ、倒れちゃった。
これ、私が片づけるのか……
と、考えていたら、また揺れた。また余震?
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posted by かうべる at 23:00| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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