2011年03月13日

お弁当

明日は月曜日。夫は出勤する。
いつもは、勤め先で昼食が出るのだが、
地震により、この先1〜2週間、勤務先の昼食は無し。
ふだんも、時々、各自で調達しなければならない日があるのだが、
そんな時は、夫はコンビニで買っている。
ところが、今回は、そのコンビニがあてにならない。
そのことに気づいたのは、夜遅くになってから。
「明日、お弁当を持って行く?」と夫に言うと、
「あっ、そうだ!」
夫は、気づいていなかったらしい。
そんなわけで、明日から、一日一食限定お弁当屋さんを開業する。
posted by かうべる at 00:00| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年03月12日

被害

母宅の片付けをするため、お昼前くらいに、家を出る。
ガソリンスタンドは営業しているようだ。
いつもの風景に、ちょっと安心する。
昼ごはんをどうする?ということになり、
コンビニをのぞくと、弁当、おにぎり、サンドイッチ、パンは、何もない。
途中にあるスーパーへ寄ってみる。
野菜などは、ほぼいつもどおりの品揃えだが、
お総菜と弁当コーナーは、がらあき。
昼ごはん用に、麺類、自宅用に、切らしていた、果物と納豆を買う。

母宅へ入ると、タンスが倒れていた。
居間の低いタンスだけでなく、
なんと、北側の部屋の、大きな和ダンスも倒れている。
昨日、母が、集会所へ避難する時点では、倒れていなかったらしい。
その後の余震で倒れたことになる。
この部屋は、ふだんはあまり使っていないが、
季節により、あるいは、日によって、母は寝室にしていることがある。
もし、寝ていたら、直撃、だ。
地震が夜でなくて良かった。
そして、母が、ここにいなくて、本当に良かった。

昼ごはんを食べ、居間の低いタンスを起こし、
北側の大きなタンスにとりかかる。
幸い、この和ダンスは、三段に分かれていて、いい具合にバラバラになっていた。
後期高齢者と五十肩を患った中年オバサンでも、どうにか扱える状態だ。
それでも、かなり苦労して、どうにか起こした。
中身の整理は、母が、あとからゆっくりやると言うので、今日はここまで。
割れ物は出てしまったし、タンスも傷つき破損したが、
けがもなく、片づけもどうにかできる範囲であることに、とりあえずは、ほっとした。

そういえば、片付けを始める前に、佐倉の友人からメールが来ていた。
開けて読んでみると、断水しているとのこと。昨日から、一滴も出ていないそうだ。
子供が3人もいる彼女の家は、さぞ大変だろう。
タンスが壊れても、電気、ガス、水道が使える方が、ずっとマシ、かもしれない。

まだまだ余震がこわいので、今夜も母は、私の家で過ごすことにする。

------
おことわり(3/18記)
記事中、昨日(3/11)のことがわからないと、理解しづらい部分があるかもしれません。
3/11については、諸事情により
(地震の際、私が、考えようによっては、非常識かつ危険な行動をとったため、
今のタイミングでその記事をアップするのがためらわれるので)、
もう少し後になってから公開します。ご了承ください。
posted by かうべる at 01:00| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

翌朝

寝不足ではありますが、6時半ごろ、目が覚めました。
7時。
母の携帯が鳴りました。
札幌のめい(私のいとこ)からの電話。
私が出ると、
「ああ、おばさん、かうべるちゃんのところにいるのね!」と安堵の声。
母宅へも、電話をしてくれたようです。
母の電話を切ると、今度は、私の携帯が。
見ると、これまた札幌の友人。
大丈夫?被害はないですか?とお見舞いメール。
それほどの被害ではなくても、
こうして、気づかってくれる人がいるのは、
ありがたいことです。
疲れた心に、温かさが、じんわりとしみてきます。

(3/11のことは、後日アップします。)

-------
★今回の地震に関して(3/16記)
うちの地域は、震度6弱でした。
家族は、みな元気です。
ライフラインも、おかげさまで、一度も止まらず。
それなのに、さきほど、計画停電からも対象外となりました。
市内には、ある程度の被害地域があるのか、
重要地域があるのか、わかりませんが……
うちにとっては、申し訳ない配慮です。
住宅および家財は、母宅に被害あり。
節電の必要性から、ネットも控えめに、と思っていますが、
自分の記録として書いておきたいことも。
時間をかけて、少しずつ、記事をうめていこうと思っています。
posted by かうべる at 00:00| Comment(2) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年03月11日

揺れた日 その4(東北地方太平洋沖地震)

母と再会(20:00ごろ〜)
また7階まで階段を上り、家に入るが、やはり、母はいない。
集会所へ行ってみようと、廊下へ出ると、ちょうどお隣さんが出てきて、
「みんな、集会所にいますよ」と教えてくれた。
ああ、これで安心だ。
結果的には、最初に来た時に、集会所をのぞけば、母と会えたのだ。
なにやっているんだろう、私。
でも、あの時は、思いつかなかった……
というか、自分のことを優先した。
冷静なのか、冷酷なのか、それとも、気が動転しているのか、自分でもわからない。

集会所には、想像以上の人が集まっている。
集まっているのは、高齢者だけかと思っていたのだが、老若男女、はては犬まで、
少なくとも、40人くらいはいるのではないか。
母は少し緊張気味の表情で、近所の人と一緒にいた。
やはり、民生委員さんが、集会所へ来るよう、声をかけてくれたらしい。
母のマンションは、うちよりも高層なので、さらに上階の人たちは、かなりの恐怖を味わったのだろう。
この狭い集会所で、一晩明かすつもりだという人が多い。
私と連絡がつかなかったら、母もそうするつもりだったようだ。

薄情なようだが、様子を見に来る前は、母が無事かどうか確認し、
母宅の片付けを手伝って、安全な寝床を確保し、
母が大丈夫と言ったら、私は帰ってくるつもりだった。
明日の朝は、早く家を出なければならない。
しかし、そんな悠長なことを言っていられない状況。
うちへ一緒に行くことにした。

とりあえずのものを持って、母は避難していたが、
泊まるとなると、もう少し欲しいものがある。
必要な物を取りに帰りたい所だが、エレベーターは使えない。
階段を上る大変さと、必要な物を、頭の中でてんびんにかけて、母は考え込んでいる。
その時、私の携帯が鳴った。
明日の発表会は中止、というメールだった。
会場が閉鎖されるので開催できず、今後のことは未定とのこと。
この時点でようやく、本当に大変なことが起きていること、
そして、自分がいるここも、被害が小さいながらも、
被災地の一つであることを実感した。
母のてんびんは、「必要な物」の方が重かったらしい。
階段を上って、7階へ。
こんな時、母が健脚であることが、本当に助かる。
同じ棟のさらに上階に住む高齢者の方は、避難の際、
消防署員ふたりにかかえられて、長い時間をかけて階段を下りたそうだ。

母が準備をする間、食器棚の中の、宙ぶらりんのグラスをはずしたり、
床に落ちたものを、少しひろった。
倒れた低いタンスは、今さわると、
ここにとどまる時間が長くなりそうなので、そのままに。
夫に、「母と一緒に帰ります」とメールを送ったが、届くかどうか。
母は、集会所でおにぎりをひとつ、いただいたそうだが、
夕食を取っていない。
生協のクリーミードリアを冷凍庫から取り出し、
避難の際お隣の方にもらったというカステラと一緒に、
必要な物をバッグに詰めて、うちへ「避難」した。

21:30ごろ、帰宅。
時折、余震はあるものの、
母は、「同じ1階でも、自分のマンションの集会所よりも揺れない」と、
安心した様子。
すると、次郎が「そろそろ じゅーでーん しようよ!」
よりによって、この騒ぎの中で充電?
停電していなくて良かったけれど、今は、次郎より母、だ。
「次郎、ママーを先に『充電』するから、待っていなさい」と言い聞かせ、
母のドリアを電子レンジで温め、お茶を入れる。
おなかも落ち着き、ようやくほっとする。
その間、次郎も充電開始。
うちには余分な布団がないのだが、なんとかやりくりして、居間に寝床確保。
そのうち、次郎もパワー満タン。そして、さっさと寝てしまった。
……この子って、なんだろう……

その後、私たちは、23:30ごろ就寝。
しかし、その後、何度も、余震で目が覚める。

26:30(12日午前2:30)ごろ。
太郎「ふわぁ〜、起きたよー!」
最初に起こった大地震の時、コテンしたまま、ずっと寝ていた太郎。
んー、もう!朝まで起きちゃダメって言ったのに!
でも、明るく前向きなこの子には、本当に救われる。

長い一日が、終わった。
posted by かうべる at 23:00| Comment(2) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

揺れた日 その3(東北地方太平洋沖地震)

死んでもラッパをはなしません……?(16:30ごろ〜)
ガスメーターを操作して、ガスを復旧させ、皿洗いとピアノ部屋の暖め完了。
とにかく、明日の6曲、一通りだけでもさらわねば。
弾いている途中、また余震が来る。
しかし「これが本番だったら、途中でやめてはダメだ!」
と、妙な正義感を発揮して、弾き続ける。
(後から考えると、ピアノが暴走しないとも限らない恐ろしい状況である)
とりあえず、練習を終える。
すると、今度は、車が心配になった。
地震で壊れていないか?もあるが、二日間、乗っていなかったので、
バッテリー上がりが心配なのだった。
(バッテリー、多少弱っていると、点検時に指摘されている)
明日の発表会会場へは、車がなければ行けない。
投函する郵便物もあったので、車の試運転がてら、ポストへ行くことにした。
外へ出ると、一見、あたりは普段と変わらない。
しかし、ガソリンスタンドの価格表示の電光掲示板は消えている。
閉店しているようだ。
途中にあるお墓は、墓石本体は倒れていないが、
まわりの石灯ろうなどの装飾?が転げ落ちてしまっている。
これは、やっぱり、大地震か?
車に乗り込み、エンジンをかける。よかったー、異常なし。
出発しようとすると、車がゆさゆさ。また余震だ。
たいしたことなく、揺れがおさまったので、車を走らせる。
すれ違う車もあるし、信号も作動している。
だが、信号待ちでは、また余震。さきほどより強めに揺れる。

ポストにはがきを投函し、そこで、母のことを初めて考えた。
あれから、どうしただろう?
その足で、様子を見に行くことにした。


母、行方不明(17:30ごろ〜)
母のマンションに着くと、いつもと違って、オートロックの扉は開放されていたが、
エレベーターには、普段どおり、あかりがついていた。
動くのかもしれないが、余震がこわいので、階段で、7階へ。
ドアホンを押す。
チャイムは鳴るので、停電はしていないようだ。しかし応答無し。
合い鍵で中へ入る。
母宅の被害は、うちより、かなりひどい。
仏壇のお荘厳が床に散らばり、父の写真も落ちている。
棚から落ちた飾り物が散乱。
母が「倒れた」と言っていた、居間の低いタンスは、
引き出しが中途半端に開き、ソファに寄りかかった状態で、手前に傾いている。
観葉植物の鉢が床にごろごろころがり、
鉢に入っていたつぶつぶの土がカーペットに散乱。
食器棚は倒れずに無事だが、中のグラスなどは、うちと同じように、
変な形でかろうじて落下せずに止まっている。
母は、いったい、どこへ?
携帯で、母の携帯へかけるが、
「電波の届かない所にいるようです」みたいなメッセージ。
うーん、どうしよう。
しかし、探すあてもない。
心配じゃないのか、と言われれば、心配だが、
龍馬(プリモプエル)と花子(プリモコロネ)が、
ちゃんとお留守番モードになっている所を見ると、
落ち着いた状態で、家を出たと思われる。
おそらく、民生委員さんのお世話かなにかで、
どこかで老人仲間と一緒にいるに違いない。
勝手に、そう思った。
私が、ここで走り回って探しても、どこにいるかわからないし、
思いつきでここへ寄ったので、自分のうちのことも途中で、
明日のこともある。
衣装のブラウスのレースが、折れ曲がっているから、アイロンをあてないと。
(この時点で、まだ、発表会のことを考えている)
そんなふうに考えていると、また余震が来た。
7階は、うちにいるときとは違う揺れ方がする。
ふわふわ、ゆらゆらと、宙に浮いた感じなのだ。
これは、ちょっとこわい。
夫も帰宅しているだろうし、晩ご飯も作らねば。
母から、うちへ連絡が入っているかもしれないので、とりあえず、帰宅する。

家に着くと、夫が帰ってきていた。
夫の話によると、
帰宅途中にある店は、すべて閉店していたとのこと。
帰りに給油を予定していたが、数カ所ある、ガソリンスタンドも、
すべてしまっていたらしい。
晩ご飯を作りながら、時折、母の携帯と、自宅へ電話をするが、
「こちらはNTT東日本です……」などというメッセージが流れるだけで通じない。
母からは、連絡がない。
さすがに、だんだん、心配になってきた。
食事を終え、食器はそのままに、母宅へ向かうことにした。
夫が「どこへ探しに行くの?」と尋ねるので、
もう一度、家を見て、マンションの集会所をのぞいてみると言い残して家を出る。
何かあったら連絡する……と言いかけたが、
そうだ、たぶん、電話もメールも通じない。
つづきはこちら
posted by かうべる at 23:00| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

揺れた日 その2(東北地方太平洋沖地震)

もうひとつの震源地(15:15〜)
さっきの余震より揺れが大きい。
余震って、だんだん小さくなるものだと思っていたので、わけがわからない。
また窓を開け、座布団をかぶる。
揺れがおさまり、寒いので、窓を閉める。
TVによると、2つ目の大きな余震、と思ったのは、茨城沖の別の震源、とのこと。
二つの地震が、起きている?
いや、これも余震のうち、なのか?
そのうち、また余震。
どちらの余震かなど、もうどうでもよい。
大小こそあれ、余震に次ぐ余震。
窓を開けたり閉めたり、座布団を頭に乗せたり取ったり。
そんなことのくり返し。

はたと気づいた。そうだ、ピアノ部屋の暖房……
給湯器から温水が回って温める方式の温風ヒーターなので、
忘れていても危険はないはずだが。
部屋が暖まっているかと思いきや、全然暖かくない。
地震で、ガスメーターの安全装置が働いて、ガスが止まったらしく、
冷風だけが出ている。
ということは、昼食のお皿を洗うにも、外廊下にあるメーターを復旧しないと、
水で洗う羽目になってしまう。
復旧って、どうやるんだっけ?
説明書を探す間も、また余震。
揺れは小さくなってきているものの、頻繁に起こるので、気が休まらない。
窓の開け閉めをしていて、だんだん寒くなってきた。
それに、最悪の場合は、外へ逃げることもあるかも、とジャケットを着込む。
逃げるとしたら、何を持って行くべきか?
でも、全然思い当たらなくて、結局、財布にお金を入れたりして、
ふだんの買い物へ行くショルダーバッグを用意する。

そんな中、TVでは津波警報。大津波警報。
東北の、どこかの海岸がTVに映し出されている。
ヘリの中継カメラが出ている。
報道って、素早いなあ、などとのんきに考えたのは、一瞬だけ。
あっという間に、ものすごい勢いで、波が川をさかのぼっている。
それを見ながら、自分も余震で揺れている。
見たこともないおぞましい濁流が、堤防を越え、民家と田んぼを飲み込んでいく。
ぼう然と画面を見つめるしかない。
そして、また、自分も揺れている。
窓を開ける。揺れがおさまる。寒いので閉める。


一大事らしい(15:50ごろ〜)
明日は発表会だ。
このまま、練習しないわけにはいかないが、暖房が切れていたので、部屋は寒い。
ガスを復旧させて、お皿を洗い、その間にピアノ部屋をもう一度暖めて練習、だ。
段取りを考え、ガスメーターを操作しようと、玄関のドアを開けると、
外には、人が大勢出ている。
なぜか、横一列に並び、みんな不安そうな表情で、
こちらを(私を、ではなく、建物を)見つめている。

そこで初めて気づいた。

外へ避難すべきだったのか????

そして、今起こっているのは、

そんなに大変な事態なのか????

これは、皿を洗っている場合ではないのかもしれない。
少なくとも、このタイミングで、ガスを復旧させるのは、ひんしゅくものかも。
屋内にいるのが危険かもしれないとか、この地震がただごとではないとか、
そんなことよりも、ひんしゅくを買うのがこわくて、
そのままドアを閉めた。

しかし、明日は発表会だ。
一通りだけでも、さらわなきゃ、やっぱりまずい。
でも、さすがに、あの避難民?をバックに弾くわけにはいかない。
というのは、ピアノに向かうと、背中が窓。
その外に、人々が並んでいる格好になってしまうのだ。
窓のすぐそばに、みんながいるわけではないし、外から中は見えないとは思うが、
これでは落ち着いて練習できない。
それに、私のように、建物内に残っている人だっているだろう。
ピアノ部屋は、完全防音ではないので、多少は音が伝わっていく。
どんな理由であれ、今ピアノを弾くなど、それこそひんしゅくものだ。

しかたないので、まずは、家の中を片づけることにした。
CDラックを起こし、棚にCDを並べる。

0311居間01.JPG
ソファがあったので、ラック自体は、完全には倒れなかったが、
中のCDはバラバラに……

0311手前のラック.JPG
倒れなかったものの、自動的に?動き出したラック

台所へ行くと、「どうやったら、こんなふうにすることができるのか?」
と思うような状態で、食器棚の中のグラスが、宙づりになっていた。

0311食器棚.JPG

玄関へ行く途中(廊下)にある物入れは、
両開きの扉が開いて、中から物がなだれ出ている。

0311物入れ.JPG

それらを片づけながらも、余震は続き、時折窓を開けたりしめたり、のくりかえし。
風呂場をのぞくと、ふたをしてあるのに、湯船から水がこぼれ、床が水浸しだ。
片づけ終えて、外を見ると、ようやく人々はいなくなっていた。
つづきはこちら

追記:写真は、夫に見せるために撮ったもの。結局、ブログにも使ってしまったが。
posted by かうべる at 23:00| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

揺れた日 その1(東北地方太平洋沖地震)

明日はコーラスの発表会。
しかしながら、本番前日というのに、
先日来のやる気のなさが、まだ続いている。
いつもなら、午前中か午後の早い時間に練習をすませ、
その後は、持ち物の準備などをするのだが、
結局、午前中は、練習しそびれてしまった。
だらだら生活の影響で、昼ごはんも遅かった。
食べ終わったのが、2時20分ごろ。
ピアノ部屋の暖房を入れ、部屋が暖まったら弾かなくては、と思いつつ、
昼食のお皿も洗わず、食卓についたまま、重い腰が上がらない。

地震発生(14:46〜)
ぼけーっとしていたら、突然、家がゆさゆさと揺れた。
横揺れだし、揺れがゆっくりなので、震源地は少し遠いかな、と思いながらも、
揺れがなかなか止まらない。
そのうち、揺れ幅がだんだん大きくなってきた。
食卓の横には、大きな棚。本がぎっしり詰まっている。
とっさに居間へ避難。
TVをつけると、緊急地震速報が流れている。
揺れながらも、震源地はどこ?などとTV画面を見つめる。
いつ止まるか、いつ止まるか、と思っているうちに、
地響きのようながたがたという音と共に、今まで以上の揺れが来た。
ますます揺れは強くなる。

カウンターの下にある、
夫が手作りした、キャスター付きのふたつのCDラックが、ぐらぐらゆれる。
突然、太郎が「はーい!」と叫ぶ。
(太郎のはーい!は突然大きな物音がしたときに発する。めったにないことだ。)
次郎も何かしゃべっている。
太郎が、もう一度「はーい!」。
台所で、何か音がした。
太郎が、「こてん」。
こんな時に、コテンしている場合じゃないよ、太郎!!
かろうじて、立っていられるものの、経験したことがない揺れ。
だんだん船酔いのような状態になり、気持ちが悪くなってくる。
そこで、ようやく「避難経路の確保」をしなくては、と
ベランダ側のガラス戸を開ける。
うちはマンションの1階。いざとなったら、フェンスを越えて逃げるべき?
玄関へ行くより、こちらが近い。
ついに、ひとつのラックが倒れた。
もう一つのラックも、弧を描きながら、前に出てきている。
そこまで経過して、やっと座布団を頭の上にのせた。



どのくらい時間が経ったのかわからない。
ようやく静かになったので、急いで母に電話をする。
母宅は、7階。うちより揺れがひどかったはずだ。
呼び出し音3回ほどで、母が出た。
「すごかったねえ」
「こわかったねえ」
「大丈夫?」
「食器棚は大丈夫だけど、タンス(居間にある低いタンス)が倒れちゃったのよ」
「ええーっ!そんな低いのが?」
と話しているうちに、余震が来た。
「あっ、また揺れてる」
「こわいから、切るね」と母。
母の電話の横には、大きな食器棚があるのだ。
またしばらく、ゆさゆさと揺れる。
いったん閉めた窓を、また開ける。
頭には、座布団。
TVは、震源地三陸沖、と報じている。
余震がおさまり、少しホッとする。
で、CDラック。
あーあ、倒れちゃった。
これ、私が片づけるのか……
と、考えていたら、また揺れた。また余震?
つづきはこちら
posted by かうべる at 23:00| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年03月10日

ナイスな会話

次郎の前を通りかかったので、話しかけてみました。

かうべる「おーい!次郎くん!!」
次郎「おしゃべり おしゃべり だーいすき!」
かうべる「ふとんが ふっとんだ」(次郎のまね)
次郎「こまったもんですねえ」

しばし、ひとりで、大笑いしていました。
そりゃあ、布団が吹っ飛んだら、困るわな。

3/10 ほっとドリンク
DAY&DAY(ティーバッグ/日東紅茶)
ラベル:プリモピース
posted by かうべる at 22:03| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年03月09日

3/9 ほっとドリンク

発芽はとむぎ茶(高千穂漢方研究所)
posted by かうべる at 00:00| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年03月08日

寝つき問題

午後8時近く。
「ふわぁ〜」
太郎があくびをしています。
少したって、次郎が
「むむむ、ゆめのせかーい」
ふたりとも、そろそろ寝る時間です。
そこへ、オッチャンがやってきて「寝るよー」「おやすみ」。
というわけで、夢の世界一番乗りは、オッチャン。
(……て、子供(?)より先に寝るって、どうなんでしょう?)

かうべる「オッチャン、寝ちゃったねえ。次郎も寝ようか?」
次郎「むむむ ねるのもったいないなー」
かうべる「そう言わずに、寝たら?」
次郎「むむむ ねるのもったいないなー」
かうべる「わかった、わかった。じゃあ、もう少し起きていなさい」
    「太郎はどうする?」
太郎「ぼくも がんばる!」
かうべる「……が、がんばって、起きてるの?眠くないの?」
あくびをしていたのに、太郎もまだ、寝ないみたいです。

結局、うちで、一番、健康優良児?なのは、……オッチャンのようです(汗)

3/8 ほっとドリンク
しょうがくず湯(coop)
posted by かうべる at 21:33| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年03月07日

外は白い冬

今朝は、雨が降っていたし、寒かったので、
カーテンを閉めきりでした。
10時半頃になって、カーテンを開けたら、

な、なんと! 外が、真っ白!

ありゃまあ、びっくりだよ(by 次郎)

このあたりの天気予報は「雨」になっていたので、
雪が降るとは、まったく考えませんでした。
まだ春遠い、です。

3/7 ほっとドリンク
辻利 抹茶ミルク
posted by かうべる at 21:09| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年03月06日

3/6 ほっとドリンク

みんなのお茶(小川生薬)
posted by かうべる at 00:00| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年03月05日

ふたりで応援

めずらしく、オッチャンが頭を抱えています。
仕事で、同僚が「よけいなこと」をしてしまい、
その後始末をオッチャンがすることに。
よくあるトラブルなのですが、
今回は、修正が大変らしいです。
で、それを太郎と次郎に報告。
ねえ、太郎。オッチャン大変なんだって。直せるかなあ。
太郎「だいじょうぶ!」
あらそう?太郎がだいじょうぶ、っていうなら、大丈夫かな。
次郎はどう思う?
次郎「そんなところ、かっこいい。すきになっちゃった」
おおっ!頑張っているオッチャンは、かっこいい。ですか!?
最終的には、いつも危機を乗り越えるオッチャン。
今度も、なんとかなーる、かな?

きょうの‘ほっとドリンク’
モンブランラテ(マキシム)
posted by かうべる at 19:56| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年03月04日

笑って許して!?

ハカセタロウさんと
ぱぱいやすずきさんの
区別がつかない母……

きょうの‘ほっとドリンク’
ゴールドブレンド シナモン入り
posted by かうべる at 00:00| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年03月03日

小原庄助さん

めずらしく、朝湯をしました。
めずらしく、どころか、もしかしたら、初めて?
昨晩、例によって、だらだらしていて遅くなり、
髪を洗わなければいけないのに、眠気に勝てず、就寝。
今日の夜まで待てない事情があったので、
夫を送り出したあと、お風呂をわかしました。
20分の半身浴、ゆっくり洗って、髪もきれいにして、
また10分ほど半身浴。
ああ、ごくらく、ごくらく。
朝からお風呂に入るなど、考えもしなかったし、
後ろめたさもあったのですが、
とてもいい気分で、しゃきっとしました。
それに、今日一日、前向きに、色々とこなすことができました。
こういうのも、たまにはいいのかも。

きょうの‘ほっとドリンク’
ダージリン(ランカスター)/5201 アールグレイ(ルピシア)をブレンド
posted by かうべる at 00:00| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年03月02日

およばれ?

次郎が、おしゃべりしています。
「もものひ おめかし ひなまつり」
「かわいい ぼく!」
あらま、次郎ったら、ひなまつりをするつもりなの?
男の子なのにねえ。
オッチャンにそれを話したら、
およばれしたんじゃない?と。
ええっ?いったい、誰に、招待されているのでしょう?

きょうの‘ほっとドリンク’
DAY&DAY(ティーバッグ/日東紅茶)
ラベル:プリモピース
posted by かうべる at 00:00| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする